敏腕コンサルタントのドン底時代のお話/サムライアライアンス:青野社長

今回の記事は、サムライアライアンス:青野社長のインタビューをもとに、抜粋記事では書ききれなかった内容を詳細記事にしています。
抜粋記事については、下記を参考にされてください。

参考:資金調達は社長の仕事じゃない!?プロが語る銀行の融資事情/サムライアライアンス:青野社長

パチンコにハマりプチ豪遊生活

司法書士をこころざし、20代前半から福岡の司法書士事務所で働き始めた青野社長。
働きながら司法試験を受験していましたが、23歳ぐらいから、その生活はたるみ始めます。

その頃出会ったのが「パチンコ」でした。
仕事が終わったら受験勉強そっちのけで、パチンコ屋に行く日々が続きます。

当然、司法試験に受かることはできませんでしたが、青野社長はこの時にパチンコで勝てることに気づきます。

普通の人はただ何となく打つパチンコですが、子供のころから数字遊びが好きだった青野社長は、パチンコを確率・統計として考え、確実に儲かる方法を考案されたそうです。
その結果、当時もらっていた年収以上にパチンコで儲けがあり、日帰りで神戸にステーキを食べに行ったり、バブリーな日々を送られていました。

そんなバブリー生活を送っていたころ、青野社長に転機が訪れます。

仲が良かったご友人が26歳の若さでガンが見つかり、あっという間に病状が悪化し亡くなられました。この時、「人ってこんなにあっさりと死ぬんだ。ちゃんと生きないとダメだな」と思われたそうです。

ご友人からの命の継承だったのでしょう。この時から心を入れ替えて受験勉強に打ち込み始めました。

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29歳で受験浪人を始める

パチンコ生活を辞めた青野社長の生活は一変しました。

朝4時に起き受験勉強をし、8時に出社して、仕事が終わって帰ってから勉強、10時には就寝。
土日は専門学校で勉強。
しかし、この生活を繰り返しても、司法書士試験には受かりませんでした。

29歳になった時、このままではダメだ!と一念発起して、会社を辞めて受験勉強に専念することを決断されます。

受験浪人期間は、働いていたころにためた貯金を食いつぶす生活です。
司法試験は1年に1度しかありません。受験浪人中2回の試験にチャレンジされましたが、結果不合格に終わりました。

約1年半の受験浪人を経験され、やりきった達成感があったのでしょう。
この時点で司法書士になる目標をあきらめることになりました。

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目標のない完全無職になる

司法試験を断念した青野社長は、31歳で完全な無職になります。目標がない無職は人間にとってキツイものです。
気力がなくなるわけですから、そのまま没落してもおかしくない状態です。

完全無職の時期、始めたのがやはりパチンコでした。
パチンコで生計を立てながら、余ったお金で株投資を始めたのがこのころです。

右手はパチンコのハンドル、左手には携帯を持ちながら市況を確認する。
今の姿からは全く想像できない、腐れっぷりです(笑)

しかし、神様は青野社長を見捨てていませんでした。
右手にパチ、左手は株をやっていた時に、パチンコ屋で知り合った方が会社経営者でした。
色々話をしていくうちに「君、数字とか強いの?」と相談を受け、決算書を見せてもらい、会社経営のこと戦略のことなどをアドバイスをしたのが今のコンサル業のスタートとなったのです。

2度目の転機で見事にチャンスをつかみ取った青野社長は、ここから現代のサムライとなるべくコンサル業界に足を踏み入れたのでした。


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